2015.08.16 【大山道2下見】
公開日:
:
東ハイ下見
大山道2下見
平成27年8月16日(日)
リーダー:平山亨
参加者:佐々木純子・佐野俊一郎
旧盆の16日平山亨リーダーのシリーズ大山街道の下見に参加する。この暑かった夏も一休みの一日だった。万歩計は28,000歩を記録していた。
http://www.ktr.mlit.go.jp/kawakoku/ooyama_hi/p_0101a.htm
中平龍二郎著ホントに歩く大山街道参考
大山街道とは
江戸赤坂御門を起点としして、雨乞いで有名な大山阿夫利神社(神奈川県伊勢原市)までの道です。東海道と甲州街道の間を向かう脇往還(五街道など本街道以外の支街道で、休泊機能の備わった道)として、「厚木街道」「矢倉往還」等とも呼ばれてきました。
文九(1669)年には、溝口村、二子村が矢倉沢往還の宿として定められています。江戸時代中期には、庶民のブームとなった「大山詣り」の道として盛んに利用されるようになり、この頃から「大山道」「大山街道」として、有名になりました。
江戸時後期には、駿河の茶、真綿、伊豆の椎茸、乾魚、秦野地方のたばこ等の物資を江戸に運ぶ大切な輸送路として利用され、これらを商う商人たちで大変栄えました、
このように大山街道は多くの人々や物資が往來し、文化や情報が行き交い、様々な交流が生み出されてきた歴史ある街道です。
東急田園都市線用賀駅8:41西へ出発 首都高速渋谷線矢沢川下田中橋

田中橋下流で等々力渓谷を形成する谷沢川が流れているところで、往時、両側が田んぼだった為、この川の上を渡る大山道の橋は田中橋と呼ばれていた。今は首都高3号線が空を覆い、昔の面影はない。
首都高速渋谷線矢沢川 大山道玉川2-5延命地蔵

延命地蔵
相模に向かう大山道は、ここで二股に分かれる。安永6年(1777)用賀村の女念佛講中が建てたもの。右へ進む道の方が古く、慈眼寺の前の急坂を下る。左の道は行善寺前に進む。
瀬田交差点を迂回して大山道に戻り左に入ると右に、大空閣寺

西に突き当ると瀬田教会 右に慈眼寺

瀬田玉川神社の庚申塔 瀬田玉川神社

瀬田玉神社 寛永年間に創建された、御嶽神社のあった所。明治41年、村内にあった八幡神社、天祖神社、熊野神社等を合祀して瀬田村の村社、瀬田玉川神社となった。この崖下の急坂は古い矢倉沢往還
瀬田玉川神社拝殿

神社前の坂を下る玉川寺身延山別院

丸子川治太夫橋

江戸のはじめ、幕府の命により代官小泉治大夫が計画、開削した農業用水。今は丸子川となっているが、かつて、六郷用水、治大夫堀と呼ばれていた。その堀の上を渡る大山道の橋が治大夫橋。
治太夫橋右に、右むかし筏みち大山道の碑、多摩堤通りに大山道標識

多摩堤通りを多摩川土手先兵庫島公園から二子橋に上る

二子橋上流に246号新二子橋 二子橋を渡り街灯に大山道9:34

今は標識のみ通れない二子の渡し 二子神社鳥居脇大山灯籠

二子の渡しは寛文9年(1669)、矢倉沢往還の継立村となった二子村が請け負っていたが、天明7年(1787)瀬田村にも渡し船の許可が下りた。ここは瀬田村にあった二ヶ所の発着所の一つ。大正14年(1925)二子橋ができ、その役目を終えた
二子神社の岡本かの子文学碑 大山街道右に光明寺

二子神社「岡本かの子文学碑」
岡本かの子文学碑は昭和37年(1962)11月1日、建築家丹下健三の設計により建てられた。母かの子を追悼する岡本太郎作『誇り』、歌碑撰文は亀井勝一郎、川端康成の書によって、二子神社境内に建てられ、かの子の歌「年年にわが悲しみは深くして いよよ華やぐ命なりけり」の歌がある。
光明寺 慶長6年(1601)二子塚光明寺創建、寛永18年(1641)二子本村から矢倉沢往還筋に7軒百姓と共に移ってきた。幕府の命によるもので、光明寺の「時の鐘」が往還筋の村人に時を告げた。二子村名主大貫家の菩提寺で、かの子の兄大貫雪之助の墓がある。
川崎市立高津図書館 図書館前岡本かの子、国木田独歩の碑

亀屋旅館に国木田独歩泊まる 府中街道の交差点に愛の鐘10:14

愛の鐘 大山街道の説明板

愛の鐘 明るく豊かな地域社会は、市民相互の共感とふれあいをとおしてこそ可能である。
この鐘はふれあいの場と機会を広々の心のつながりがさらに結びつきを深めていくことを願っています。
心豊かで活力ある地域社会の発展を熱望し、未来にさわやかな愛の音がこだますることを願ってこの碑を建立する。昭和63年10月20日
大山道とは 江戸城の赤坂御門を起点に青山→宮益坂(渋谷)→三軒茶屋(世田谷)→二子多摩川→溝口を通り多摩丘陵を上って荏田 鶴間を過ぎ相模川を超えて厚木から阿夫利神社に至る道を大山道と言った。
大山は丹沢山塊の東部にある山で山合い深く阿夫利神社と大山寺の神仏混淆の自然信仰が古くから芽ばえ聖なる峯として多くの参拝者を集めてきました。古い道標は現在も大山道が生きている証拠であリます。
府中街道交差点に高幡不動の道しるべ 川崎市立大山街道ふるさと館10:14

二ヶ領用水に架かる大石橋

多摩川は天正17年(1589)頃北遷しほぼ現在の流れに変わり、小泉次太夫が稲城・川崎二領の灌漑用水開発奉行として登用され、二ヶ領用水の灌漑が始まった。二ヶ領用水と大山街道が交差するのは、溝口下宿の大石橋で文政4年(1821)溝口水騒動は橋際の名主丸屋で起きた。
溝の口駅入口に右溝口神社 隣に宗隆寺


南武線の踏切を直進 踏切脇左に庚申塔10:49

南に寝もじり坂を上るお庭先に庚申塔 右に246号の先身代わり不動尊11:35


厚木大山街道246号交差点を右斜に入る 8分程で庚申坂を下る

宮前平2-11を左に下る 宮前平駅北に八幡神社12:35

東急田園都市線宮前平駅12:37 駅前のスカイラーク昼食13:43出発

ガード下を左南に向かう 鷺沼交番前みずほ銀行から左八幡坂を下る

標識案内板なし注意 246号合流信号を右へ

200m鷺沼2信号を左に渡り右に石仏を送り坂を上る2つ目の角を右に

さくら公園を左に上ると、都筑区と宮前区の区境植木屋皆川園の畑に出る畑上の尾根道を南に下る

102号道あゆみが丘信号 市営地下鉄あざみ野線高架下

不動滝14:59

512 早渕川に突当り左にかわを下ると鍛冶橋 524 早渕川

橋を渡り左に庚申堂

北に向かい246号手前に常夜灯


荏田塾常夜灯説明板が個人の庭で撮影不可能,
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